「祈りと花とお菓子いっぱいの祭り」
エスピリット・サント祭・・・・アソーレス諸島 ピッコ島 
 by 智子


イースターから数えて六週目の土曜日から火曜日までの四日間、
ピッコ島の各村々でエスピリット・サント祭が催されます。
ふだんはとても静かなアソーレス諸島の各島々、村々で、盛大に、昔と変わることなく、強い信仰心に支えられ、
あふれんばかりの花とお菓子の祭りが繰り広げられます。

今回は、5年ぶり5回目のアソーレス諸島です。(2001年6月2日(土)〜6月5日(火))

アソーレス(英語では、アゾレス)諸島は、リスボンの西1300〜1900キロ、大西洋に浮かぶ9つの島々。
非常にやせた土地なので牧畜、砂糖大根、とうもろこし、バナナなどの栽培がさかんです。

ここに暮らす人々は、内気ながらも、外からのお客さんに親切で、手厚いもてなしをしてくれます。
(今回わたしが宿泊したマリーア・ジョゼさんも、本当に親切で温かい人です。)

また、本国ポルトガルでは使われない新鮮なバターやミルクをたっぷり使ったお菓子が、まだまだ、たくさんあります。
そう、昔と変わらない良いお菓子と出会える島なのです。(だから、もう菓子好きにはたまりません!)

なかでも、ピッコ島(面積447平方キロ、人口1万5千人)は、ポルトガル最高峰の標高2351メートルのピッコ山がそびえ、
一日のうちで何度も天気が変わります。
わたしが訪れる二日前にも少し雪が降り、山頂に白いものが見えました。
また、地震多発地帯でもあり、3年前にも地震災害がありました。
いまだに崩壊した家屋の横に建てられたプレハブの仮設住宅で暮らしている人も多いです。
このように、ピッコ島の人々は厳しい自然と向かい合い、祈りをささげながら毎日を過ごしています。



PROCISSAO(行列)
頭の上には、15キロちかいロスキーリャス


エスピリット・サント祭は、イザベル女王(1271〜1336年)が創立した修道院が、
町の貧しい人々にパンとワインを配ったことに由来する宗教的な祭りです。

この祭りは、アソーレス諸島へは、15世紀後半に入植者によって伝えられました。
しかし、マヌエル王(1469〜1521年)により祭りは禁じられ、大陸(本国ポルトガル)では、衰退していったのです。
現在、大陸で唯一残っているのは、3年に一度催されるトマールのタブレイロ祭り(FESTA DAS TABULEIROS)のみです。

本国から隔離されたアソーレス諸島では、大陸より自然災害が多く、
少しでも平穏な暮らしを望む島民たちは、大陸よりも、いっそう強くエスピリット・サントに祈りをささげました。 

  「どうか、病気がなおりますように!」
  「なにと自然災害が起こりませんように!」

そうした根強い信仰心のもとに行われる祭り、それが、エスピリット・サント祭です。


右上の山が、ピット山

時が流れ、祭りは各島々でぞれぞれの特徴のあるものとなりました。

ピッコ島では、祭りの期間の日曜日の昼食はインペラドール(ここでは、祭りの運営組織の責任者)
またはモルドーモ(エスピリット・サントに一つのことを祈願した人)により、村人にふるまわれます。つまり、<おごり>。

この行事食の内容は、エスピリット・サントのスープと牛肉の天火焼き。
それに、シェイロと呼ばれる地ワイン。デザートはアローシュドース。

* エスピリット・サントのスープ:牛肉をこつこつ煮てとったスープで野菜も煮ます。その汁にひたしたパンとともにいただきます。
* アローシュドース:米を砂糖と牛乳で甘く炊き、仕上げに卵黄を加えたもの。

中世から伝わる人々のあつい信仰と色あふれる儀式の一番の盛り上がりは、
プロシッサフォン(PROCISSAO:行列)。
エスピリット・サントのシンボルである冠がインペラドールまたはモルドーモの家から教会やインペリオ(お堂)へ戻る時の行列です。

ヴァル・ヴェルデ

島のお祭のなかでは一番小規模なヴァル・ヴェルデ村。
質素なお堂の中には花が飾られ銀製のインペリオ(王冠)がひっそりと奉られてあります。お堂前には長イスが並べられ、かごに入ったロスキーリャスがつぎつぎとおかれていきます。

PROCISSAO(行列)の開始は、午後二時半。ロスキーリャスの入ったかごの向こうに群青色の大西洋が広がっています。
ヴァル・ヴェルデ村 お堂前のロスキーリャス
<お堂の前に、かごに入ったロスキーリャスが並べられる>

今回、忙しいなかわたしに親切にこのイースト菓子作りを教えてくださった
マリア・デ・ルルデスさんもこの村の住人。

はじめは、こんな小さな村にどれだけのお菓子が集まるのか不安でした。

でも、行きの行列は一人の歌い手兼太鼓たたきと
頭の上に15キロちかいロスキーリャスをのせた数十名でしたが、
途中で合流する人も多く三十余名がお堂前に戻ってきました。

並べられたロスキーリャスのはいったカゴの向こうにピッコ山がそびえ、下には、群青色の海が広がっています。わたしのなかでこの村の祭が一番、景観が美しかったです。


白いワンピースに身を包んだ少女たちを先頭に、
色とりどりの生花で飾られたロスキーリャス(大きなリング状のイースト菓子)が
15個入った大きなかごを頭にのせた何十人もの女性たち。
そのゆっくりと列をみださないように歩く姿は圧巻です。(まれに男性も加わる。)
フィルハーモニーの楽しげな音色とともに、皆がきりっと前をみつめ、
かごが頭から落ちないように注意を払いながら、一番いい顔をして前進します。

過去の歴史と今この時間に作られていく歴史のジグザク絵巻ものが目の前で繰り広げられます。
その姿に島の人達の信仰の深さと、次世代へ受け継がれる信仰の強さを感じずにはいわれません。

島の人達にとっても、この祭りは一年に一度の再生の思いがする時なのだと確信しました。

行列が教会やインペリオ(お堂)に到着し、冠は来年まで納められます。
教会やインペリオの前には、奉納されたお菓子(ロスキーリャス)が、庭で咲いていた花で美しく飾られています。
神父が「神の恵が与えられますように」と唱えながら、菓子(ロスキーリャス)はトラックに積まれ、
村人やそこに居合わせたすべての人々に配られます。

たとえ店の中にいても、車の中にいても、ロスキーリャスをかかえたおじさんからは逃げられません。
必ず、ロスキーリャスを手渡されます。
村人たちは、ロスキーリャスを片手にひっかけ、
祭りの余韻を楽しむかのようにおしゃべりしながらゆっくりと家路につきます。

今回は、四日間でピッコ島の七つの村の祭りをはしごしました。
この島でのエスピリット・サント祭の特筆すべき点は、
教会やインペリオ(お堂)に奉納し神父さまから神の恵みを与えられたお菓子をそこに居合わせた
全ての人に分け与えるということ。
初めてその話を観光局の人から聞いたときは、「大げさな、どうせウソでしょ!」とたかをくくったものでした。
でも、実際に祭が終わってみると、ダンボール箱二つ分の荷物が増えてしまいました。

中身は、ロスキーリャス、ヴェシュペラシュ、マッサソバーダと祭菓子ばかり。
奉納するお菓子は地域により異なり、全部で3種類あるんですよ。

このお祭の時期にぜひともピッコ島をたずねて見て下さい。
ポルトガルのことをもっと好きになってもらえると思います。




ピッコ島マダレーナでお泊りの先は、
マリア・ゼー・アヴィラのお家へ
素泊まりで、1泊5000ESC

住所:R.Conselheiro Miguel Autonio Silveira
−Pico −Acores
Tel:292−622−873

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