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キシリトールの「うそ」と「ほんと」
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  東北大学歯学部口腔生化学講座  山田 正


maru  1.キシリトールは糖アルコールの一種

キシリトールは、糖アルコールの一つで、白樺やトウモロコシの芯を加工してつくられます。糖アルコールには、ソルビト−ル、マルチトール(還元麦芽糖)、エリスリトールなど多くのものがあり、いずれもむし歯を起こさない甘味料として、広く使われています。

エリスリトール以外の糖アルコールは、大量に食べると一時的に下痢を起こしますが、糖アルコール自身は果物等にも多く含まれ、また、歯磨剤の中には、ソルビト−ルを35%も含むものもあります。


maru  2. キシリトールはむし歯を起こさない

キシリトールはむし歯を起こさない甘味料です。

しかし、これまでもソルビト−ル、マルチトール、エリスリトールなど、キシリトールと同様にむし歯を起こさない糖アルコールは多く使われています。これらの糖に比べて、キシリトールだけがむし歯を起こす力が低いわけではありません。

1996年8月、米国のFDA(食品医薬品局)は、食品に「Does not promote tooth decay(むし歯を起こさない)」と表示するためには、国際トゥースフレンドリー協会が行っているのと同じ方法で、歯垢のpHを5.7より低下させないことが必要だとする法律を発表しました。この法律の中では、これら糖アルコールの間にむし歯を起こす力の差は認めていません。


キシリトールの宣伝によく使われる図があります(左図の上)。

この図では、ソルビト−ル、マルチトールなどからは砂糖の20%ほどの酸がつくられるが、キシリトールからの酸の産生は0%であり、格段に優れた糖であるように見えます。このデータは、歯垢を集めて試験管内(酸素のある状態)で酸の産生を調べたものです。

しかし、糖アルコールからの酸の産生は酸素の有無で大き影響を受けるので、酸素のある状態で行ったこのような研究結果は、「酸素のない実際の歯垢中」の糖アルコールからの酸の産生とは全く違ったものになります。同じ論文の中で、実際の歯垢中での酸産生によるpH低下データ(左図の下)が示されており、ここではキシリトール、マルチトール、ソルビト−ルの間に酸の産生の違いはありません。

また、1985年に米国サンアントニオで世界各国の研究者を集めて4日間にわたって行なわれた「食品のウ蝕誘発性を評価についてのコンセンサス会議」でも、ソルビト−ルをむし歯を起こす力ゼロの基準の糖と定めています。

すなわち、ソルビト−ルにむし歯を起こす力があるように言うのはおかしいのです。


maru  3.キシリトールの抗ウ蝕誘発性??

「抗ウ蝕誘発性」、すなわち「むし歯を起こす力に対抗する」という表現は、消費者の誤解を招きやすいとして、国際的には「絶対にさけるべきだ」との見解が大勢を占めています。しかし、キシリトールについては、抗ウ蝕誘発性があるかような説明がしばしばされています。

一つは、キシリトールはミュータンス・レンサ球菌を殺すと言うものです。

この根拠は、キシリトールが細菌のなかに取り込まれ、ATPを使ってリン酸化され、さらにリン酸をはずして菌体外に放出することによってエネルギー(ATP)の浪費をさせるというものです。生化学の用語で無益回路(あるいは空転回路:Futile cycle) と呼ばれています。このような無益回路がミュータンス・レンサ球菌にあると推察されました。

しかし、その後の研究でミュータンス・レンサ球菌での無益回路の存在に疑問があり、またこの回路が働かないミュータンス菌も多くあることがわかりました。少なくとも、キシリトールを食べ続けると、キシリトールで阻害されないようなミュータンス・レンサ球菌が増えてくることがわかっています。


 キシリトール入りのチューインガムを長期に食べ続けると、ミュータンス・レンサ球菌の数が減るという報告はいくつかあります。しかし、これは上記の無益回路によって菌が死ぬというよりは、歯垢のpHを頻繁に下げないためと考えられます。

ミュータンス・レンサ球菌や乳酸桿菌、低pHレンサ球菌などはpHの低い状況で生き残る力(耐酸性)の強い、それゆえむし歯を起こす力の強い細菌です。そのため、頻繁に間食し、歯垢のpHが頻繁に低下する環境では、これら耐酸性の強い菌は優勢になります。

これに対し、pHがあまり低下しない環境では、他の菌が優勢になります。ですから、ミュータンス・レンサ球菌の数を減らす効果は、キシリトール独特のものではなく、歯垢のpHを低下させないマルチトールやエリスリトールなどでも同じ効果があると考えられます。


 一方、ミュータンス・レンサ球菌の数が減ってもむし歯の発生が減るとは限りません。

1996年のはじめに発表された論文では、ヨーロッパ、アメリカ、アフリカなどの各国のデータを集めて詳細に解析したところ、口の中のミュータンス・レンサ球菌の数とむし歯の発生率にはあまり関係がなく、むし歯の発生は口の中のミュータンス菌の数よりも食生活によって大きく影響されると結論しました。

すなわち、ミュータンス・レンサ球菌の数を減らすからむし歯が減るというのは、「風が吹けば桶屋が儲かる」論理と同じということになります。


 また、キシリトールは齲窩(むし歯でできた穴)の再石灰化(修復)を促進するとの議論をしばしば耳にします。

確かに、キシリトール入りの(酸をつくらせない)チューインガムを長期に食べると、浅い齲窩が再石灰化される様子が見られることがあります。

1996年、キシリトール研究の先駆者であるMakinen教授が日本で講演したとき、私はこれについて質問をしました。

キシリトールなど酸をつくらない甘味料を含むチューインガムを咬むと、唾液の分泌が促進されて歯垢のpHが上昇します。その結果、唾液などに含まれるリン酸やカルシウムが齲窩に沈着して再石灰化したのではないか。すると、これは、キシリトール独特の現象ではなく、酸をつくらない他の糖アルコールでも同じように見られるのではないかと質問しました。これに対してMakinen 教授は、その通りであると答えています。

すなわち、キシリトール入りのガムでなくとも、ソルビト−ル、マルチトール、エリスリトールなど他の糖アルコールが入ったチューインガムでも同じ結果が期待されることを、Makinen 教授は認めています。


 このような結果を踏まえ、アメリカの食品医薬品局(FDA)およびEUの委員会は、キシリトール、ソルビト−ル(ソルビット)、マンニトール(マンニット)、マルチトール(還元麦芽糖)、ラクチトール、還元麦芽糖水飴、還元グルコ−スシロップなどの間にウ蝕誘発性の違いを認めていないのです。

もちろん、キシリトールの抗ウ蝕誘性などは認めていません。

後述のように、砂糖の10倍以上入っていても、砂糖のむし歯を起こす力を消すことのできないものを「抗ウ蝕誘発性がある」と言うことは、大きな誤解を招きます。


maru  4.むし歯にならない〇〇入り?

最近、「キシリトール入り」との表示が、チューインガムなど多くのお菓子に見られます。

消費者は、キシリトールはむし歯の原因にならないからこのお菓子はむし歯にならないだろうと考えます。しかし、「むし歯にならない〇〇入り」と表示してあるお菓子に多量の砂糖が入っている例があります。また、むし歯にならない代用糖が70%入っているために30%が砂糖などむし歯の原因になる糖が入っていても、「むし歯になりにくい」とか「歯にやさしい」などと表示されたお菓子が売り出されて問題になりました。

しかし、お菓子の成分だけから、むし歯の原因になるかどうかを判定することは大変難しく、ほとんど不可能です。

あるトローチをそのままなめると、唾液の分泌を促進するのでむし歯を起こすほどには歯垢のpHを低下させなかったのですが、同じものを水に溶かして食べると歯垢のpHがむし歯の危険ゾーン(5.5以下)まで低下した例もあります(右図)。また、飴などに酸が多く入っていると、酸蝕症(酸そのものにさらされて歯が溶ける)の危険もありますが、少量の酸は唾液の分泌を促進し(梅干しで唾液がでる原理)、かえって歯垢のpH低下を抑制します。

すなわち、ある食品がむし歯を起こしやすいかどうかは、個々の成分からではなく、食品全体として考えなくてはならないのです。実際にキシリトールと共に砂糖の入っているお菓子が「キシリトール配合」と銘うって、日本で市販されています。


 日本でこのように食品全体のテストをしているのは、厚生省が行っている特定保健用食品と、国際的な組織で行っているトゥースフレンドリー協会が認定した「歯に信頼マーク」の付いた食品だけです(左図)

それゆえ、「むし歯にならない〇〇入り」は消費者の誤解を招く表現であり、キシリトールが入っていても、特定保健用食品のむし歯に関する表示か、トゥースフレンドリー協会の「歯に信頼マーク」の付いたものでないと、本当に歯に安全かどうかは、保証できません。


maru  5.キシリトールの濃度

最近、新聞やテレビの報道で、キシリトールの濃度が50%以上なければならないようなことが言われています。

しかし、前述のように、たとえキシリトールが95%入っていても、砂糖が5%入っていれば、当然、歯垢のpHを危険ゾーンにまで低下させ、むし歯を起こす危険性があります。夜寝る前に食べたりしたら、とんでもないことになります。

確かに、50%以上キシリトールを含んだガムを使って、むし歯の発生が減少した研究はあります。しかし、キシリトールを15%含んだガムでも65%のものと同様な効果の見られたことを報告した論文もあります。キシリトールの含量よりも、食品全体として評価しなければならないのです。


 なかには、「砂糖を食べてもキシリトール入りのガムを食べれば大丈夫」というようなひどい表現があります。確かに歯垢のつく歯の部位によっては、ジュースを飲んだ後、酸をつくらないシュガーレスのガムを咬むと、歯垢のpHが上昇します(下図左)。

しかし、飴のように砂糖の濃度の高いものを食べた後などは、容易なことではpHは上昇しませんし(下図右)、いわんやケーキが歯の間に挟まったような状態では、ガムを咬んでも歯垢のpHを上昇させることはできません。


maru  6.まとめ

キシリトールは、非ウ蝕誘発性、すなわちむし歯を起こさないすばらしい甘味料であり、このような甘味料の食品への使用が許可されたことは、むし歯予防の観点から喜ぶべきことです。ことに、これまで使用されている糖アルコール性甘味料の多くが砂糖の半分程度の甘みしかないのに、キシリトールは砂糖と同程度の甘さがあることは、おいしく、しかも、むし歯にならないお菓子をつくるためには大きな利点です。

しかし、キシリトールは今まで使用されている種々の甘味料に比べ、むし歯に対する効果の面で格段と優れているわけではありません。


 重要なことは、ある食品がむし歯を起こすかどうかは、キシリトールの量だけでは決められず、必ず食品全体として考えなければならないことです。現在のところ、食品全体でウ蝕誘発性を評価しているのは、トゥースフレンドリー協会による「歯に信頼マーク」をつけるシステムと、厚生省の特定保健用食品(歯に関する表示がないとだめ)しかありません。

これらのどちらかの表示のない食品については、成分だけでむし歯になるかどうかを評価することはできません。


 比較的高価なキシリトールという甘味料を消費者に売るために、多くの費用をつぎ込んで誇大宣伝をし、「甘いお菓子を食べてもキシリトール・ガムを食べれば大丈夫」といった消費者を惑わすような宣伝をすると、むし歯はかえって増えることにもなりかねません。

せっかく優れた非ウ蝕誘発性甘味料がこのような誇大宣伝のために、マイナスのイメージをつくり、国民の不信を買うなことがなければよいがと思います。

平成10年(1988年)5月17日作成



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